やわらかく言ってるつもりの「婉曲表現」正しい使い方

映画「コイサンマン」に出てくるアフリカの原住民は、
数が3以上になると、ひとくくりで「たくさん」になるそうです。

人はよく3つ以上になると「いっぱいある」という認識をします。
子供が「みんな持ってるから買って」と言うのを問いただすと
名前が二人ぐらいしかいないことに似ています。

・事実は事実として書く
・分からないことは分からないものとして書く

主観的な文章は受け入れられなれにくく、客観的な文章は
読者が抵抗なく受け入れらるそうです。

普段の思考にも当てはめると
「私はみんなに嫌われている」
というのは自分の思い込み(主観)なので不確かなんです
必ずしも正しくはないことを客観的に書くには
「私はみんなに嫌われているかもしれない」
または長くなりますが
「たまに数人から避けられている気がすることがある。」
など、推定のことは断言しない。
これが正しい書き方、考え方、受け入れられる表現になります。

これをやっていると
余分な思い込みが外れてくるような気がします
「ダンナさんは私のことをちっともかまってくれない」
のではなく
「ダンナさんは疲れていて寝たいだけなのかもしれない」
と考えることができます。

日本人はあいまいな表現が大好きで
あたりをやわらかくしたいがために
時に過剰に回りくどい表現をすることがありますが
婉曲表現は
不確かなことに使うのが正しいのではと感じています。

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